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短編小説[VIRTUALIZED LOVE]

 あれからどれだけ経っただろう。でも君は相変わらずうつくしいまま、変わらない。手元に残ったのは、この、たった1枚の写真。
 穴があく程眺めたが、写真が汚れないように、傷まないように、絶えず君をいたわりつづけた。
 柔らかく弧を描いた眉。結い上げ、清潔感を漂わせる髪。どのように結ってあるのかも、鮮明に思い出すことができる。それに、僕は髪の長さと美しさを知っている。長く濃い睫毛。毎日どうにかしてカールさせようと躍起になっていた。小さいけれどふっくらした唇。血色の悪さに悩んでいたけれど、だからこそあの桜色の口紅がよく映えた。全体を見ると、穏やかな、それでいた凛とした微笑。微かに残るあどけなさは、普段は僕だけのものだった。
 あるとき、これ以上の時の経過が写真が傷ませることを恐れて、君の写真をコンピュータに取り込むことにした。それからは毎日ディスプレイの中の君を眺めて過ごした。
 そして今。君は僕のコンピュータの中でにっこりと微笑んだ。柔らかな眉が動き、目じりに微かな笑い皺が寄る。目を伏せれば濃い睫毛がその頬に影を落とす。もう一度君と会えた僕はいま、幸せの絶頂にいる。君の愛らしい唇が何か言おうとしている。
 なんだろう?わからない。君はもう、話すことはできない。僕はもう、君の声を思い出すことができない。最後の言葉は鮮明に思い出せるけれど。
 ディスプレイの中でにっこりと微笑み、時に拗ねたような表情をする君を愛することは簡単だった。違和感など少しも感じない。愛しい君。でも手を伸ばすと、冷たいディスプレイの表面に阻まれる。その瞬間に、現実に引き戻される。
 そんな日々を続けるうちに、いつしか僕はディスプレイの水面を越えられるようになっていた。何故かはわからない。いつからかも、わからない。でも、その先に君はいない。それが現実なのか、もしかしたら、夢なのかも区別が着かなくなっていた。
 ある夜、デスクに倒していた身を起こした僕は、コンピュータを久しぶりに休ませることにした。電源を落とし、ディスプレイの電源も切り、僕自身、長らく使っていなかったベッドに身を横たえた。
 何時間眠っただろう。時計を手元に引き寄せて除いたが、秒針は硬直したままだった。傾けた影響で積もった埃がはらはらと落ちる。別のデジタル時計を覗いたが、数字が現れることはなかった。窓を探したが、見当たらない。そうだ、この部屋には窓はないのだった。今が何時なのか、検討もつかない。
 いつものデスクへと向かい、ハードディスクドライブ、コンピュータ、ディスプレイ…と順に電源を入れていく。画面が安定し、ハードディスクの激しい回転音がやんだところで、君を呼び出す。君は相変わらず微笑を浮かべてこちらを見ている。
 ふと、君が涙を流しているところが脳裏を過った。泳いだ視線をディスプレイに戻すと、そこで微笑んでいたはずの君の顔が、悲痛に歪んでいた。慌てて手を伸ばす。一瞬、中指の爪の先が硬いものを捉えた気がしたが、指先から僕は、ディスプレイの向こうに吸い込まれた。そうだ、いつも、ここから君を捜していた。でも今日は違う。手を伸ばした先には君がいる。
 指先で頬を伝う涙を掬う。それから。濡れた頬にそっと口づける。
「どうしたの?」
 問いかけても返事はない。そうだ、君は喋ることができない。急に切なさが増して、君を抱きしめたくなった。手を伸ばし、細い肩、頸に触れる。抱き寄せて、滑らかな髪に指を…

  君の後頭部は、真っ平らだった。

 そうだ。あの1枚だけの写真をデジタル化、立体化させただけだから、今の君が持つものは豊かだったデコルテから上の、前半分だけだ。その他は、聡明な脳も、可愛いらしい声も、小さな手もすべて、残っていないのだった。

   絶望。

 気がついたら、僕はデスクに戻っていた。
 そして迷わず、君のデータを消去した。

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